始まりを思う

2月2日の主日礼拝で、息子が洗礼を受けました。

自分の息子に洗礼を授ける時、涙をこらえたという先輩牧師の話を聞いていたのですが、私にはそういうことはありませんでした。
その辺、私はちょっとクール過ぎるのかもしれません。
ひざまずく受洗者と、かたわらの洗礼盤を前に、いつもと変わらぬ緊張感を覚えただけでしたが、はた目にはどう見えたでしょうか。

教会員さんが教会員限定のFacebookのページにその時の動画を上げてくださっています。
私は、今さらですが、なんだか照れくさくて、見られていません。

彼なりに色々と考えたのだと思いますが、私が受洗した時より、色んなものを軽々と乗り越えているようにも見えて、うらやましいところもあります。
自分自身の信仰生活の始まりを思い返しつつ、新たに信仰の道を歩み始めた息子に、牧師として父親として何を伝えていけるか、改めて考えさせられている今日この頃です。

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